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明治の絵はがき展、東京で開催中!

Posted by takumi suzuki on 21.2013 【今日のコロタイプ】    0 comments   0 trackback
便利堂 美術絵はがきの歩み展 @神保町
2013.7.16-27 京都便利堂ギャラリーオフィス東京

絵はがき展神保町1

 今年5月に京都で開催した明治の絵はがきの展覧会が、先週16日より東京でも展観中です。場所は便利堂神保町店から徒歩数分にある便利堂東京オフィスのギャラリースペースです。小さなスペースですが、便利堂が明治期に制作した絵はがき200点以上を展示しています。連日多くの方にお越しいただいています。今週土曜日まで開催しておりますので、足をお運びいただけると幸いです。

2013_07_12_14_14_36.jpg

■「便利堂 美術絵はがきの歩み展-明治の京都 てのひら逍遥-」
会期:2013年7月16日(火)~27日(土)
会場:京都便利堂ギャラリーオフィス東京(岩波書店一ツ橋別館7階)
開催時間:(月~金)12:00~18:00 (土)10:00~15:00
休室日:7月21日
入場無料※入場には入場券が必要です。京都便利堂東京神保町店にて配布しています。

神保町

 京都展開催に際して出版した『明治の京都 てのひら逍遥』から、簡単に展示の内容を内容をご紹介したいと思います。

明治の京都 てのひら逍遥
『明治の京都 てのひら逍遥 便利堂美術絵はがきことはじめ』
監修/生田 誠 1200円+税 ISBN978-4-89273-100-6
⇒ご購入はこちら



明治の絵はがきとコロタイプ

 展示されている絵はがきのうち、初期のもの(明治35年~38年前半)はリトグラフ(石版画)あるいは木版画です。これは、絵はがきの原画がカラー作品であり、当時の技法としてカラー表現できるのは先に挙げた二つの技法に限られていました。

 明治38年の前半から、京美人や京都の名所を写真で絵はがきにしたものが多くなってきます。当時、写真を美しく表現できるのはコロタイプでした。コロタイプはモノクロでしたので、手で着色したカラー写真の絵はがきもあります。

絵はがき拡大
「清水寺 本堂」明治40年1月1日発行 コロタイプは細かな部分も鮮明に見えます。舞台にいる人たちの表情やいでたちも拡大するとはっきり確認でき、今にも話し声が聞こえてくるほど、生き生きとした情景を表現しています。

 コロタイプ(collotype)とは、写真草創期の19世紀中頃に多彩に存在した写真プリントの技法のひとつです。19世紀当時の写真プリントは画像の保存性が低く、次第に退色変色する欠点がありました。それを補うために顔料を用いるさまざまなプリント方法が考案されましたが、そのなかで確立された技法のひとつがコロタイプです。⇒コロタイプについて詳しくはこちら

 コロタイプの大きな特徴は次のふたつです。
 
 ①網点のない精緻な表現
 現在の一般的な印刷は、写真画像をドット(網点)に置き換えて表現します。ルーペで拡大すると、大小や密度で画像が形成されていることがわかります。一方コロタイプは、写真プリントの技法ですので写真のフィルムをそのまま版に使います。したがってフィルムに移っている情報を余すことなく表現でき、網点のないなめらかで豊かな諧調表現が可能です。絵はがきを拡大すると、人の表情や看板の文字までも読み取れるほどです。

 ②コロタイプは写真画像を永く保存するために発明されました。明治時代の絵はがきも100年以上経過していますが、最近印刷したようにしっかり画像が残っています。これは耐光性・耐候性に優れたコロタイプ専用の顔料インキを用いてるためです。この高い保存性から、現在では古美術などの文化財を後世に遺し伝えるための複製に活用されています。


第1章 私製はがきの認可と便利堂絵はがきのはじまり

第1章

 明治33(1900)年に私製はがきの使用が認可されると、東京や大阪などで絵はがきの発行が本格的に始まります。当時は「便利堂書店」とも称し、貸本売本や出版を営んでいた当店も絵はがきの制作販売をはじめました。現存しているもので最も古いものは明治35(1902)年に画家、歌人の田中美風の短歌に絵はがき12枚を組み合わせた「帰雁来燕」という和綴本の絵はがき帖(小冊子)です。これは京都でも最も早い絵はがきセットのひとつ。このデザインの元になったのは、西洋の最新の絵はがきでした。

帰雁来燕2
「帰雁来燕」 明治35(1902)年12月23日発行 リトグラフ 12枚組 35銭


第2章 絵はがきブームと京都の画家たち

第2章

 明治37(1904)年に始まった日露戦争では、日本の勝利に世間が沸き立ち、絵はがきも一躍大ブームを迎えます。便利堂は、京都画壇の大物、鹿子木孟郎(かのこぎ・たけしろう)を起用して、戦争の様子をポンチ絵風に描く「非美術画葉書」を発行しました。また、今尾景年、鈴木松年、竹内栖鳳、山元春擧といった京都画壇の重鎮4人に描かせた京都らしい艶やかな絵はがきや、当時人気の出てきた野球を題材にした絵はがきなども制作しました。

非美術はがき
「時事漫画 非美術画葉書」第1~4輯 絵:鹿子木孟郎 明治38(1905)年2月~5月発行 リトグラフ 7~6枚組 12銭

葵祭
「葵祭」 絵:鹿子木孟郎 明治38(1905)年5月頃 リトグラフ 6枚組 25銭

舞姿
「舞姿」 絵:今尾景年、鈴木松年、竹内栖鳳、山元春擧 明治38(1905)年頃 木版 4枚組
⇒復刻版あり。詳しくはこちら


ベースボール
「ベースボール」 絵:佐々木望 明治38(1905)年後半 リトグラフ 4枚組
⇒復刻版あり。詳しくはこちら


鳥かご
「鳥かご絵はがき」 明治38(1905)年頃 リトグラフ
絵はがきブームのなかで多種多様な絵はがきが販売され、そのなかには趣向を凝らした面白い絵はがきも多い。この絵はがきは、鳥の絵の上に、本物の網を貼り込み鳥かごを表現した手の込んだもの。



第3章 文学絵はがきと美人絵はがき

第3章
図左が「不如帰(ほととぎす)」 明治37(1904)年12月15日発行 リトグラフ 6枚組 12銭
「帰雁来燕」の次に古い絵はがき。


 当時の絵はがきは、美術とともに文学とも密接な関係がありました。便利堂が発行した絵はがき「不如帰(ほととぎす)」と「浪さん」は、ともに徳富蘆花のベストセラー小説が題材で、英文を交えたペン画と、美人画家上村松園の作品を石版画の絵はがきにしたものです。

 大阪毎日新聞に連載された菊池幽芳の『夏子』については、連載進行中にコロタイプによる写真絵はがきが発売されました。こうした写真のモデルを務めたのは京都の花柳界の女性たちで、彼女たちの姿を写した美人絵はがきも多数作られています。

浪さん
「浪さん」 絵:上村松園 明治37(1904)年末~明治38(1905)年1月 リトグラフ 6枚組 18銭
『不如帰』のヒロイン浪子を上村松園が描くシリーズ第2弾


夏子
「夏子」 明治38(1905)年7月10日発行 コロタイプ 6枚組 特製(手彩色入、四方金)50銭 並製 25銭
徳富蘆花『不如帰』、尾崎紅葉『金色夜叉』などと並び、家庭小説(明治期に流行した女性向け通俗小説)の王者として人気を博した菊池幽芳が『乳姉妹』に続いて大阪毎日新聞に連載した『夏子』を題材とする小説はがき。当時の広告には「京都一流の美人が夏子に同情を寄せ自ら好んでこれに扮せしを、一力の女将が撮影せしもの」とある。好評を得たもようで大阪毎日の記事には3日間で1万部を売りつくしたとある。


京美人
「京美人」 明治38(1905)年前半 コロタイプ 6枚組 12銭


第4章 風景絵はがきとコロタイプ

第4章

 日本を代表する観光地、京都の名所風景については、東京や横浜のメーカーも競い合うように絵はがきを発行しています。その中でも、便利堂が発行した「京名所百景」は最も数が多く、上製のコロタイプも美しく、洗練された作品でした。

京名所百景
「京名所百景」シリーズ 明治38(1905)年頃 コロタイプ (特製 手彩色) 
便利堂が刊行した「京都写真帳第3巻」『京都の山水』(明治36年9月発行)は、多くの新進写真家や素人写真家が撮影を行っており、中でも黒川翠山、小川白楊、内貴橘村(清兵衛)などはのちに京都の斯界において大いに活躍することになる。これ以後も便利堂は彼らに絵はがき原版としての撮影を依頼しており、撮影者のクレジットはないが、「京名所百景」などの風景絵はがきの多くはこうした新進写真家が撮影したものと考えられる。
⇒復刻版あり。詳しくはこちら


金閣寺
「デザイン京名所」 明治40(1907)年頃 コロタイプ リトグラフ

1小川白楊
「巨椋の池」 撮影:小川白楊 明治38(1905)年頃 コロタイプ 6枚組
撮影者の小川白楊は本名保太郎、黒川翠山と同じ明治15年生まれ。江戸中期から続く庭師「小川治兵衛」の8代目である。造園家としてだけでなく、写真家、考古学者、茶人としても活躍した。


黒川翠山1
「雪」 撮影:黒川翠山 明治40(1907)年頃 コロタイプ 3枚組
翠山は、本名を種次郎といい明治15年生まれ。若くして家業の呉服商をつぎ、明治33年、18歳の頃から本格的に写真家を志し独学で研究を進めた。『京都の山水』の掲載作品は、翠山の活動最初期に当たり、これを機縁に以後「京名所百景」などの社寺の建築美や街並み、名勝、祭礼、農耕風景などの便利堂絵はがきの原板を多く撮影した。



第5章 さまざまなモチーフの絵はがき

第5章

 美人や風景に限らず、便利堂ではさまざまなモチーフ、さまざまなタイプの絵はがきを作っていました。京都を代表する祭りである祇園祭や葵祭、時代祭も絵はがきになりました。子供や農耕風景などの風俗、草花などの絵はがきも人気のモチーフでした。

祇園祭
「祇園祭」 明治39(1906)年頃 コロタイプ

花
「花」 明治38(1905)年頃 コロタイプ 手彩色


第6章 注文制作の絵はがき

第6章

 京都を代表する絵はがきメーカーとなった便利堂には、京都の寺社、会社などから多数の絵はがき制作の注文が舞い込むようになります。上の図版の右は法隆寺で販売した大判の絵はがき帖です。全3輯計108種の絵はがきが綴じられていますが、特徴はほぼすべてが「寺宝」ということで、さながら「名宝図録」のようです。それまで「京名所百景」をはじめとする寺院の絵はがきは風景がほとんどでした。明治の廃仏毀釈で一時は危機にさらされた寺院の宝物が、その後の政府の宝物調査や『真美大観』などの美術図録の刊行を経て、一般市民に絵はがきという形で普及し始めたと考えられます。この頃より、古美術の撮影・印刷というその後の便利堂のメインストリームが始まりました。

絵はがき本

 もっと詳しくお知りになりたい方は、ぜひ『明治の京都 てのひら逍遥 便利堂美術絵はがきことはじめ』をご一読ください!⇒ご購入はこちら

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