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技法解説4:コロタイプインキと画像保存性

Posted by takumi suzuki on 12.2014 【コロタイプ技法解説 collotype process】   1 comments   0 trackback
インキも職人さんが手作りでつくってくれてます!



写真 41
コロタイプインキ 現在約60色ほどあり、これらを練り合わせて色を作り出していく

便利堂コロタイプ工房では、コロタイプ用のインキを特注で制作をお願いしています。便利堂のために特別調製を請け負っていただいているのは大阪堺市にある三星インキさんです。コロタイプのインキは顔料が平均60%という非常に高い含有率のため、耐候性耐光性に優れています。

三星ロゴ
三星インキ株式会社ロゴ

コロタイプの保存性に関しては、東京都写真美術館 紀要10号(2011年)に「コロタイプ印刷の画像保存性」と題し、コロタイプとインクジェットの耐候性を比較検証した論文が掲載されています。耐候性は、温湿度、光、ガス(オゾン)の3点から検証されます。この論文では、暗所保存性と耐光性については、全般的にはどちらの色材も耐久性が高いが(インクジェットの方がやや上回っている)、オゾン曝露による変色では、技法による違いが顕著に現れ、コロタイプ印刷の方がインクジェット・プリントよりも耐オゾン性が高い結果が得られたとし、「コロタイプ印刷からインクジェット・プリントへ移行するには、まだ十分な信頼性があるとは言い切れない」と結論付けています。

全文「コロタイプ印刷の画像保存性」(山口孝子・東京都写真美術館 保存科学専門員、高橋則英・日本大学芸術学部、大川祐輔・千葉大学大学院融合科学研究科)

コロタイプインキのできるまで 

DSC_2882.jpg
コロタイプインキのベースとなる展色剤(ビヒクル)である合成樹脂ワニスとその材料。
左より、樹脂(ロジン変性フェノール系)、油(亜麻仁油、大豆油)、合成樹脂ワニス(中粘度、高粘度)


では、そのコロタイプインキはどのようにつくられるのでしょう。

印刷インキは一般的に「色材」「展色剤(ビヒクル)」「助剤」からなります。展色材とは、インキのベースとなる液状物質で、これに顔料を加えて練り上げることでインキができます。コロタイプインキのビヒクルには、良質の油(亜麻仁油、大豆油)と樹脂から作った高粘度の合成樹脂ワニスが使われています。それをベースに中粘度のワニスもブレンドしているようです。

DSC_2883.jpg
色材

三星インキさんの研究開発チームは、色材である顔料を選び組み合わせ、工房が要望した色調と耐候性を兼ね備えたインキを日々開発していただいています。開発したレシピに準じて、ワニス、顔料、助剤を合わせていきます。通常のインキ製造は機械で大量生産されますが、ごく少量しか必要のないコロタイプインキの製造は手作業でつくっていただいています。

インキ3

ワニスのとりわけ。職人さんの慣れた手つきでワニスが丸められていきます。高粘度と中粘度をブレンドします。

DSC_2929.jpg

次に顔料の調合

顔料調合

調合が済んだインキの材料。コロタイプは顔料の含有率が多く顔料を全量一度に入れてしまうとうまく練り合わせられません。

インキ6

そこで、ワニスと顔料の半分を一旦おおまかに混ぜ合わせます。

DSC_2918.jpg

混ぜ合わせた材料を練り機にかけ、あらかたまとまったところで、そこにさらに第2弾の顔料を投入します。職人さんがつきっきりでヘラを使って何度も何度もローラーをくぐらせ練り込んでいきます。

DSC_2904.jpg

だいぶん粉っぽさがなくなり完成に近づいています。

インキ10

缶に手詰めし、ラベルを貼れば便利堂特製コロタイプインキの完成!

写真 1

このインキがないとコロタイプはできません。しかし便利堂がオーダーするのは、多くても1色につき数缶です。そのために多くの職人さんが手間暇をかけて良質のインキを製造していただいています。三星インキさんの採算度外視のご協力なしに、コロタイプは成り立ちません。「このインキがコロタイプによって文化財複製や芸術作品になり、後世に遺るものとなるのが誇りです」と三星インキはおっしゃいます。三星さんのご協力に感謝しつつ、さらにインキのいろんな可能性や改善のために工房としても研究を進めていきたいと思います。

技法解説3:コロタイプ印刷機とプリントサイズ

Posted by takumi suzuki on 04.2014 【コロタイプ技法解説 collotype process】   0 comments   0 trackback
よくいただくご質問「どのサイズまでプリントできるのですか?」にお答えします

刷り機1
コロタイプ5号機(昭和48年導入 名古屋・三谷製作所製)


プリントの最大サイズは印刷機のサイズで決まります

工房に足を踏み入れた見学者の方がインキのにおいと共に感動されるのが、よく使いこまれて年季の入ったコロタイプ印刷機です。現在、コロタイプ工房では6機の円圧式印刷機が稼働しています。そのほとんどが、約半世紀にわたって活躍し続けています。

印刷機

手前より、5号機(昭和48年導入)、4号機(昭和63年に遠藤写真工芸所より譲り受ける)、3号機(昭和34年導入)、2号機(昭和39年導入)。 写真では見えませんが、画面左奥に6号機(昭和35年導入)があります。いずれも名古屋の三谷製作所製(現在1号は欠番)。

DAX.jpg

一番奥に鎮座するのが大判コロタイプ印刷機「Dax」(平成7年導入。廣瀬鉄工製)。「Dax」の愛称は社内公募で命名されました(命名由来の資料がいま手許が無いので、また後日加筆します)。

Daxをのぞき、基本的に印刷機は大全紙(508×609.6mm)=20×24インチがプリントできるマシンとなっています。つまり、

最大サイズは 20×24インチ

ということになります。これ以内の寸法でしたら、どのようなサイズのプリントも可能です。ただし、5号機だけすこし版面が大きく、20×28インチ(720×500mm)まで可能です。

版の調整作業
印刷機に取り付けられた大全サイズが刷れるゼラチン版。版より大きいものは当然ながら刷れません。

大判コロタイプ印刷機「Dax 」の最大サイズは 24×48インチ(1200×600mm)

動植棌絵5
Daxのゼラチン版はこれぐらい大きくなります。

これらのサイズより大きなものを制作する場合、文化財の複製などは、つなぎ合わせて一枚の大きな画面を作ることになります。その一番の好例が、法隆寺金堂壁画の原寸大複製です。⇒くわしくはこちら

Daxは特注で制作しており、逆に言うと大きいマシンを作れば、もっと大きなプリントが作れることになります。ちなみに、アメリカのコロタイプ全盛時代には「ブラックボックス」と呼ばれるDaxと同じくらいのサイズが刷れる巨大マシンが稼働していました。2005年に「国際コロタイプ会議」(⇒くわしくはこちらで訪れたブリストルの西イングランド大学にはDaxより大きなプリントを作れる平圧式のマシンがありました。


おまけ:便利堂コロタイプ工房の印刷機の変遷

平版コロタイプ印刷機
明治期から昭和29年(1954)まで使われていた「手刷り平台印刷機」(京都本社1Fに展示)

便利堂コロタイプ工房は、明治20年に書店として創業した便利堂が、当時ブームを迎えていた絵はがきを内製化するために明治38年に開設されました。この明治期に導入した印刷機が1機、便利堂に保存され展示されています(上掲)。

コロタイプ 昭和2年1
新工房が設置された昭和2年(1927)のコロタイプ印刷作業場。画面では7機の印刷機が確認できる。

工房開設時、何機の印刷機があったか記録にはありませんが、22年後の昭和2年(1927)に原色版印刷機もあらたに導入され、新工房が設置された時の写真をみると、7機ぐらいの手刷り印刷機が稼働していたことが確認できます。この頃は絵はがきブームも去り、社寺の写真帖や絵はがき、博物館の展覧会図録や画集などを専門に印刷を行っていました。

法壁2
昭和11年頃(1936)、特設工房(於 大雲院)にて法隆寺金堂壁画原寸大複製の作業風景

昭和11年には、法隆寺金堂壁画の原寸大複製を制作するために、当時河原町四条下ルにあった大雲院様のご協力いただき、印刷から表装まで一貫して行う特設工房を寺内に設置して作業を行っていました(上掲)。

記録によると、昭和14年(1939)には、「手刷平台印刷機」12機、「動力式印刷機」2機(昭和4年頃導入。その後廃棄)、昭和6年に導入した「大型平台印刷機(デカ版)」1機(近年停止)、の計15機が稼働していたとあります。「動力式印刷機」がどのようなものか定かではありませんが、現在稼働している円圧式の動力機ではなく、平台式の動力機だったと思われます。

その後、手動式から動力式に順次移行して行き、戦後間もない昭和22年(1947)には「大全動力機」2機、「全紙動力機」3機、「手刷機」10機、「デカ版」1機の計16機。27年には「動力機」計4機、「手刷機」計4機の8機と記録されています。

昭和29年には、「手刷平台印刷」部門は廃止となり、印刷機は処分されましたが、何機か資料として残され、1機は博物館明治村に寄贈され、1機は便利堂本社に保管されています。

昭和30年以降は、円圧式の動力機が次々と導入され、最終的に前述した現在の6機体制となっています。

竹さん0
昭和39年頃(1964)の工房

上掲の写真は、今から50年前の昭和39年の工房の様子です。現在の工房の場所とは少し違っていますが、印刷機や全体の雰囲気はこの時代から今もほとんど変わっていません。

竹さん1
現在(平成26年)の工房

ちなみに、昭和39年の写真に写った紙差し作業を行っている紅顔の美少年は、上の写真で紙差しをしているベテラン職人・竹口さんの50年前の姿です。機械も職人もいい味がでてますね。

レタープレス機とコロタイプ刷版と刷上がり
近年ワークショップで活躍中の小型レタープレス機(とりあえず欠番の「1号機」で呼びたいと思います。最近A3判をプリントできる、さらに大きなレタープレス機を導入しました。この詳細については、また追って。





技法解説2:秘技!ガラス乾板 膜面返し!

Posted by takumi suzuki on 07.2013 【コロタイプ技法解説 collotype process】   2 comments   0 trackback
乾板の修復にも応用できます!

膜返し
キャリア半世紀の技を披露してくれた竹口さん

 しばらくぶりのコロタイプ技法解説の更新です。今回は、「ガラス乾板の膜面返し」です。最近では、写真といえば画像データを指すことが一般的となってしまい、アナログフィルムになじみのない方も多くなってしまったかも知れません。ましてや「ガラス乾板」となると、見たこともないという方がほとんどかと思います。

2013_09_06_16_52_02.jpg
便利堂写真原版庫(「ガラス乾板およびコロタイプ原板」の部) その数、一説には数万点と忌まれていますが、全貌不明。

 「ガラス乾板」は、「写真乾板」ともいい、感光する写真乳剤を塗ったガラス板のことです。ネガフィルムが普及する昭和初期まで一般的に使用されていました。コロタイプ技術が輸入された明治時代の写真撮影はこの「ガラス乾板」で行っていました。便利堂にも戦前までに撮影したガラス乾板が数多く保存され、その多くは「コロタイプ原板」となっています。この「ガラス乾板」を「コロタイプ原板」に作り替える技術が今回ご紹介する「膜面返し(膜返し)」の職人技です。

昔のコロタイプ原板
昔のコロタイプ原板 撮影された6カットのガラス乾板から「膜返し」を行い、一枚のガラス板に集版したもの(膜面から見る)

 ガラス乾板の乳剤(感光材)が塗布された側を「膜面」といい、ガラス板側を「ベース面」といいます。撮影されたガラス原版は、ベース面から見ると、像が正しく見えます(正画)。つまり膜面から見ると「反転画(鏡像)」となります。しかし、コロタイプの場合、一度ゼラチン版に焼き付けてから紙にプリントしますので、「膜面で正画」になっていなければなりません(下図参照)。

図2

 「膜面が正画」とするために、ガラス乾板から膜面をはがし、反転させて再度ガラス板に張り付ける必要があります。これが「膜返し」という作業です。本などの印刷のときは、1頁ごとのレイアウトも同時に行います(前掲「古い乾板」の図版参照)。大変手間のかかる作業ですが、当時はコロタイプには必須の作業でした。

 今では行う必要のなくなった工程ですが、割れた乾板などの修復にも応用できる技術です。また、膜面をセロファンで覆うため酸化しにくく、結果的に画像の長期保存に適したものとなりました。こうした膜面返し作業によってコロタイプ原版となった代表的なものが、昭和10年に撮影され、約80年経過した今も良好な状態で保存されている「法隆寺金堂壁画原寸大フィルムほか一式」です。⇒詳しくは「法隆寺金堂壁画ガラス乾板保存プロジェクト」を参照。

 今回は、キャリア50年のベテラン職人に、失われつつあるその秘技を披露してもらい記録としました。


ガラス乾板写真の膜返し 2013年7月11日実施

[道具]
・バット(ホルマリン水溶液・フッ化水素水・水洗用)
・眼鏡、マスク、手袋、割り箸(フッ化水素用)
・ビン(ゼラチン用)
・やかん(ゼラチン湯煎用)
・筆(ゼラチン塗布用)
・ピンセット(竹orゴム)
・定規
・カッター
・セロファン
・スクイージ
・ガラス板

[薬品]・ホルマリン
・フッカ水素
・ゼラチン

膜返し:フッ化水素
フッ化水素


[方法]

膜返し:ガラス乾板
撮影された状態のガラス乾板。膜面から見る。わかりにくいが、左上の文字が反転しているので、「膜面で反対画」となっていることがわかる。

①ガラス乾板写真をホルマリンに漬ける
ホルマリン 1 : 水 2 = ホルマリン400cc : 水800cc
膜面を剥離したときに伸びてしまわないための硬膜処理。15時間位浸漬する

②水洗 (流水で2~3分)

膜返し:硬膜化後乾燥

③乾燥 5時間

膜返し:ゼラチンと水

④ゼラチン3cc位を200cc位の水に入れ、膨潤させておく

⑤フッ化水素液を作る (ゴム手袋・めがね・マスクを着用)
ぬるま湯(31~32℃位)1500ccに50%濃度のフッ化水素 60滴(2.4cc位)。0.1%程度か
割り箸でかき混ぜる

膜面返し:カッター

⑥ガラス乾板のガラス面から膜面が剥離しやすいように、定規とカッターを使い、写真の周囲を切る

膜返し:1

⑦フッ化水素液⑤にガラス乾板を浸ける (フッ化水素液を弱く湯煎すると剥離しやすい)
今回は30分以上かかった。新しいガラス乾板の場合1~2分で剥離する

膜返し:湯煎

⑧膜がはがれてくるまでの間に、膨潤したゼラチン液④にさらに水500cc位加え、ビンをやかんに入れ湯煎して、薄いゼラチン液を作る

膜返し:12

⑨セロファンを軽く水で濡らす (水をつけすぎない)

膜返し:2

膜返し:3

膜返し:4

⑩ピンセットで浮かび上がった膜面をつまみ上げ、水のバットに移し、流水で水洗いする
(膜面が大きい場合は、硫酸紙に載せて水のバットに移す)

膜返し:5

⑪新しいガラス板に筆でゼラチン液を塗る

膜返し:6

膜返し:7

膜返し:8

⑫膜面をひっくり返して、新しいガラス板に載せ指でそっと伸ばし拡げる

膜返し:セロファン

膜返し:9

⑬ぬれたセロファンを膜面⑫の上に拡げ、スクイージで中の空気を押し出す

膜返し:10

膜返し:11
おみごと!

文字が右上になり、膜面で正画になっていることがわかる


 割れた乾板の修復に応用する場合は、破片から同様に膜面を剥離して新しいガラス板に(反転せずに)つないで貼り合わせれば、一枚の原板に復元することができます。現在ではなかなか扱い慣れない代物となったガラス乾板ですが、往時を記録する貴重な文化財として、適切な保存管理が課題です。こうした技術が伝承され、活用される機会が増えればいいなと思います。


工程の記録および写真提供:西城 浩志氏


コロタイプ技法解説:1

Posted by takumi suzuki on 22.2012 【コロタイプ技法解説 collotype process】   0 comments   0 trackback
ゼラチン感光液の処方~ゼラチン版の作成 動画はこちら

apis tokyo 2012

この2012年9月8日・9日の2日間にわたって開催されますオルタナティブ・プロセス国際シンポジウム(Alternative Processes International Symposium 2012 Tokyo)に便利堂コロタイプも参加することになりました。

通称APISは、ボスティック&サリヴァン社の後援によりアメリカとヨーロッパで交互に開催されているオルタナティブプロセスをテーマとした国際シンポジウムです。1999年にサンタ・フェで第一回大会が開催され、以降アメリカではボスティック&サリヴァン、ヨーロッパでは英国王立写真協会ヒストリカルグループのテリー・キング氏のコーディネートで交互に開催されています。プログラムはオルタナティブプロセスに関する研究発表が中心となり、発表内容は歴史的研究や保存修復、各種技法の実際、新しい技術の応用まで多岐に渡っています。2012年、アジアで初めて日本で開催されます。

初日はカンファレンスとなっており、そのなかのデジタル・ネガについてのパネルディスカッションに便利堂からは工房長の山本がパネリストとして参加します。また、2日目には各種オルタナティブ・プロセスのワークショップが開催され、そのひとつとして、本邦初の本格的なコロタイプのワークショップを行う予定です! 是非興味のある方はご参加ください。定員8名ですので、お申し込みはお早めに! 前日のカンファレンス参加の方は見学していただけます。

体験
ART KYOTO 2012 便利堂ブースでのコロタイプ体験

今年の4月に開催されたART KYOTO 2012にてレタープレス機によるプリント体験を初めて行い好評いただいたのですが(⇒そのときのもようはこちら)、今回予定しているワークショップはゼラチン感光液の調合からゼラチン版をつくり、参加者の撮影ネガを焼き付け、自らレタープレス機でコロタイププリントするという初めての試みです。現在それに向けて鋭意準備中ですが、その一環として今回は今まであまり紹介されていなかったゼラチン感光液の処方を中心に技法説明を詳解したいと思います。


ゼラチン感光液の処方

コロタイプ版は、ゼラチンに重クロム酸塩を添加したクロムゼラチン感光液をガラス板に流布して加温乾燥した版です。これに画像を焼き付け水分を含ませると微細な皺が版面に形成され(レチキレーション)、この皺が顔料を抱き込み、画像を転写することができます(⇒「コロタイプとは?」

コロタイプとはこのゼラチン版が命といっても過言ではないでしょう。どんな処方でゼラチン感光液を作るかによって得られるプリントの結果は大きく変化しますし、逆に言うと得たい画像の調子に合わせて処方するということになります。ですので、かつてたくさん存在したコロタイプ印刷所各社には、その数だけレシピが存在しました。

便利堂コロタイプ工房の現在の処方は下記のとおりです。

ゼラチン①           720g
ゼラチン②           720g
水               15000ml
重クロム酸アンモニウム   180g
重クロム酸カリウム      180g
硝酸鉛               30g
安息香チンキ          180ml
エチルアルコール        180ml


ゼラチン感光液の調合①:薬品

上に挙げた薬品を大別すると次の3つに分けることができます。

A)ゼラチン
B)感光材:重クロム酸アンモニウム、重クロム酸カリウム
C)助剤:硝酸鉛、安息香チンキ、アルコール

ゼラチン
ゼラチン 2種類を各720g

感光液の主体はゼラチンです。かつてはコロタイプ用ゼラチンが存在しましたがコロタイプの衰退と伴い廃番となり、その後は写真用ゼラチンを使用していました。しかしこれも昨今のデジタル化の流れで適するものが入手困難となり、現在は新田ゼラチン株式会社さんの食用ゼラチンを用いています。

食用ゼラチンに移行するにあたっていろいろとテストを行いました。ゼラチンのコロタイプ適性は、その硬軟や粘度といったゼリー強度によるインキの着肉性、諧調、耐刷性などによって判断します。その結果、①粘度があり軟らかいゼラチン②粘度がなく硬いゼラチンの2種を同量ブレンドしています。

重クロム酸アンモニウム
重クロム酸アンモニウム Ammonium Dichromate (NH4)2Cr2O7
重クロム酸1
180g

重クロム酸カリウム
重クロム酸カリウム Potassium Dichromate K2Cr2O7
重クロム酸2
180g

重クロム酸塩それ自体は耐光性ですが、有機物と結合すると光に急速な反応を示します。コロタイプでは2種類の重クロム酸塩を用いますが、それぞれ違った性質を持っています。アンモニウム塩はカリウム塩にくらべ、感光性が高く暗反応での硬化も早い性質があります。一方カリウム塩はアンモニウム塩に比して感光性が緩やかなため保存性がよく、硬調になる性質があります。コロタイプが発明された頃はカリウム塩単体での処方でした。その後、2種類を同量処方するレシピが主流となったようで便利堂もそれに準じています。しかし、日本でもカリウム塩とアンモニア塩を10:69で処方している会社もあったことが昭和56年の記録に残っています。

硝酸鉛
硝酸鉛 Lead(Ⅱ)Nitrate Pb(NO3)2
硝酸鉛1
30g

硝酸鉛は重クロム酸塩と混合すると黄色のクロム酸鉛を形成します。黄色く不透明にすることで、露光時における画像の焼度と印刷時におけるインキの盛り具合を見やすくする効果があります。硝酸鉛の使用は日本で考案されたとも言われ、欧州ではこれを用いないので透明の版です(⇒「第2回世界コロタイプ会議」参照

イギリスの刷版
イギリスのゼラチン版

安息香チンキ
安息香チンキ Benzoin Tincture 180ml

安息香チンキの処方も日本で考案されました。ゼラチン感光液を塗布・乾燥すると感光膜の表面に径2㎜前後の「星」と呼ばれる円形の斑点がでます。これはゼラチンに含まれる脂肪分に起因すると考えられており、このままプリントを行うと、当然画像の中にこの斑点が出てしまいます。この星を出なくする効用が安息香チンキにあります。同量のエチルアルコールと一緒にゼラチン溶液に混合します。


ゼラチン感光液の調合②:薬品の混合

ゼラチン感光液1
ゼラチン(中)、各重クロム塩(左)、硝酸鉛(右)

2種各720gのゼラチンを12Lの精製水に1時間浸し膨潤させ、さらに1時間湯煎をしてゼラチンを溶解します。
重クロム酸塩2種と硝酸鉛はそれぞれ1Lの精製水を加え同様に湯煎します。
水に長時間浸しすぎるとゼラチンが溶け出してしまいゼリー強度が落ち、使えないものになってしまいます。

ゼラチン感光液2
ゼラチン溶液に重クロム酸アンモニウムを加える
ゼラチン感光液3
さらに重クロム酸カリウム
ゼラチン感光液4
アルコール(上)、安息香チンキ(下)
ゼラチン感光液5
最後に硝酸鉛を加える
ゼラチン感光液6
硝酸鉛を入れると卵液のような明るい黄色に変化
ゼラチン感光液7
漏斗とさらしで一次濾過
ゼラチン感光液8
この処方で3日~4日分のゼラチン感光液ができます
ゼラチン感光液9
冷やしながら一晩置いて熟成さす。熟成は10時間以上必要とされ、版の耐刷性を強くする結果が得られる


下引き作業

ゼラチン感光液を一晩寝かせた翌日にゼラチン版の作成を行います。その下処理として下引きと呼ばれる作業を行います。下引きにはガラス面とゼラチン感光膜を接着させる中間層の役目があり、この処理をしないとゼラチンの膜面が剥がれてしまいます。下引きには水ガラスを主剤とします。これの添加物として卵白やゼラチンを用いる方法もありますが、最も安定しているのがビールです。ビールは気の抜けたものを用います。ブランドは問わないようですが、発泡酒はだめだったそうです(実験済)。

下引き4
ケイ酸ナトリウム(水ガラス) Sodium Silicate Na2Si4O9
下引き2
ビールと水ガラスの水溶液。水ガラス3ml+水30mlとビール30ml
下引き1
下引き液の塗布
下引き3
下引きが済んだガラス板を乾燥機の台に水平に調整しながら置く

下引きは液を盛る方法もありますが、便利堂では布で拭き引きで行っています。下引きが終わると、次工程のゼラチン感光液の塗布作業のために乾燥機のなかに水平を計りながら並べて置きます。


ゼラチン版の作成

ゼラチン感光液10
前日から寝かせていた再びゼラチンを湯煎し溶かす
サポニン
サポニン Saponin 13g+水180ml(3日分)

一晩置いたゼラチンを再び湯煎にかけ溶かします。これを2次濾過します。ガラス板に塗布する直前にサポニンを添加します。サポニンには界面活性作用があり、ゼラチンの泡立ちを抑える効用があります。

ゼラチン版1
下引きの終わったガラス板にゼラチン感光液を流布します
ゼラチン版2
均等に延ばします
刷版1
気泡があれば突いて消す
刷版2
最大寸法のガラス板(1200mm×600mm用)は二人がかりで行う
刷版3
塗布が終わったガラス板は乾燥機に水平に並べる
刷版4
乾燥機
乾燥機内を55℃で約1時間30分加温乾燥させる

下引きの終わったガラス板にゼラチン感光液を塗布します。作業室は25℃~30℃に保温してあります。少し温めたガラス板にほこりなどが混ざらないように気を付けながら流布します。弓引きする方法もありますが、便利堂では版を前後左右に振り、均等に流し塗ります。イギリスでは紙片で塗り延ばしていました。
気泡やほこりを除去して乾燥機に戻します。55℃で約45分加温し、さらに45分余熱で乾燥させます。常温に戻れば乾燥作業は終わり、暗箱に保存し翌日の露光作業に備えます。
動画はこちら


次回技法説明は、製版~露光を中心に予定しています。

プロフィール

takumi suzuki

Author:takumi suzuki
【コロタイプの過去・現在・未来。創業明治20年の京都 便利堂が100年以上にわたって続けているコロタイプ工房より最新の情報をお届けします】
Japanese:www.benrido.co.jp
English:www.benrido-collotype.today

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