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◎若冲《釈迦三尊・動植綵絵》6年がかりでコロタイプ複製が完成
伊藤若冲《釈迦三尊・動植綵絵》全33幅 玻璃彩版写本
原本:宮内庁三の丸尚蔵館所蔵

「芦鵞図」「梅花群鶴図」 2009年3月21日 第1回納品
便利堂コロタイプ工房では、相国寺様のご用命により相国寺所蔵 伊藤若冲《釈迦三尊像》3幅および宮内庁三の丸尚蔵館所蔵の《動植綵絵》30幅の複製制作を平成18年(2006年)より取り組んでおります。そして6年の歳月がかかりましたが、ようやくこのたびすべて完成しました。お寺様のご了解をいただきましたので、簡単にその経過を記しておこうと思います。
ご存知の通り、この《動植綵絵》は相国寺に蔵されている《釈迦三尊像》とともに若冲が親族の菩提を弔うためお寺に寄進しましたが、明治の廃仏毀釈のなかで散逸をおそれ宮中に献納されたものです。本来一揃いであるべき33幅を、複製という形ではありますが、再びお寺に里帰りし、末永くお祀りしようというのが今回の事業です。若冲作品のなかでも白眉といわれるこの《動植綵絵》を複製することは並大抵のことではありませんでした。


「菊花流水図」「紅葉小禽図」 2012年4月1日 最終納品
制作初期の試行錯誤
まずは《釈迦三尊像》の作業から開始しました。撮影と色チェックの為に原本が便利堂の写真スタジオに運ばれた時には「若冲が来る」と会社中が大騒ぎになり、初めて間近で見た本物の迫力に工房の者全員が圧倒され、撮影や色のチェックに思いのほか時間を要してしまいました。また製版以降においても、通常の工程とは比較にならないほどの時間と根気を必要とする作業の連続となりました。

《動植綵絵》製版作業
コロタイプの色表現は、色を刷り重ねる木版画の多色刷に似た技法を採用しています。その為に原寸大のネガフィルムから直接手作業で鉛筆や修正ニスを使って色を取り出す製版作業は、すべての色を取り出し終わるのに数ヶ月を必要とします。また大きなガラス板にコロタイプの命であるゼラチンを塗布する作業は、肉体的にも限界に近い作業になります。

ゼラチン版の作成
刷り作業は、愛称「DAX(ダックス)」と呼んでいる大型機で行います。60×120㎝まで一枚でプリント可能です。しかしもちろん原本はこのサイズよりも大きいので、1幅あたり《動植綵絵》で3紙つなぎ、《釈迦三尊》にいたっては4紙つなぎとなります。原本に合わせるために10色以上を刷り重ねてテストプリントを作成します。再び原本をお借りし、便利堂スタジオでプリントと比較しながら、版や刷色の調整を行い、本番のプリントを刷ります。この本番プリントに、さらに絵師による彩色を加えて可能な限り実物に近い表現を目指します。そして有馬管長猊下をはじめ相国寺の皆様に《釈迦三尊像》原本とコロタイプ複製を隣に並べて比較していただき、改善点のご指摘を頂戴する事を2回重ねた後に表具仕立てを行い、2007年にまずは《釈迦三尊》3幅をお納めしました。


DAXによる刷り作業
いよいよ《動植綵絵》の複製作業に入り、テスト刷を重ね、そして本番の刷り作業を行いました。この間、宮内庁三の丸尚蔵館様の全面的なご協力のもと、収蔵庫の中で何度か原本とプリントを比較しながら色校正と絵師による彩色を行い、作業は極めて順調に進行しました。ところが何点かの《動植綵絵》のコロタイプ刷と彩色を終え、表具仕立て準備をしておりましたところ、すでに納品した《釈迦三尊像》に問題があるようだと相国寺様より連絡が入りました。確認を行なったところ、絹本に小さな浮きが発生している所が数箇所ありました。若冲作品の極彩色を表現するために画面全体にわたって彩色を行っていますが、この絵の具の水分がコロタイプ用に開発した絹本に作用し、絹と裏打ち紙との間の糊を離れさせてしまった結果、微小な浮きを生じたのだと分析しました。
すぐさま再制作に取り掛かり、今度はコロタイプの色数をさらに増やしたり彩色の水分量に気をつけたりしながら、プリントは一応の完成をみました。しかしこれで果たして万全なものといえるのであろうか。複製といえども永きにわたって原本同様にお寺でお祀りされるものです。同じ絹本を使用している限り、いずれまた同じことが起こらないとはいえないのではないか。「絹本そのものを一から作り直さなければならない。」既に完成していた再制作分の《釈迦三尊像》は勿論、作業の進んでいた《動植綵絵》数本分もすべてやり直しを決めました。
高品質の材料と、高度な表具や彩色の技術との結晶としての複製
「複製」というと、メインである本紙が原本に似てうまくプリントできているかどうか、といった印刷技法に焦点が当たりがちです。もちろん、本紙のクォリティの高さは必須ではありますが、「原本に代わる複製」を制作するということは、ただ単に印刷技術だけではなく、材料や仕上げなどの総合的な完成度を目指すことだと我々は考えており、それを現代における「写本」のつもりで制作しています。
デジタル技術が日進月歩している現代においては、コロタイプだけが複製の技法ではありません。もっと効率的に出来る方法もあります。もちろんその独特な表現力や耐久性を評価してご用命いただいたのだと思います。しかしそれだけでなく、こうした技術そのものも文化として遺していかなければならない、そして彩色や表具といった総合的な完成度という点も含め、深いご理解のもとにお仕事を頂戴したのだと考えております。
今回の「写本」制作にご協力いただいたのは、京表具の矢口浩悦庵さんと、二条城襖絵の模写事業などでご活躍の川面美術研究所さんです。
浩悦庵さんのご協力を得て、今回の写本に適した絵絹を一から織る作業を始めることにしました。裏打ちに使用する和紙も特別の寒漉きの楮紙を発注しました。出来上がった数種類の試作絹本にコロタイプ刷テストや実際に絵の具をのせる彩色実験を繰り返し、若冲作品の写本にもっともふさわしい絹本作りを目指しました。絹本が完成し《動植綵絵》のコロタイプ作業を再開出来たのは、中断からほぼ一年後の2008年の春でした。
《釈迦三尊像》の複製は《動植綵絵》複製が軌道に乗ってから刷り直す事にして、とにかく《動植綵絵》の複製第1号の完成を急ぐこととし、「梅花群鶴図」と「芦鵞図」の2点のコロタイプ刷が出来上がり相国寺様から表具の許可を頂戴出来たのは2008年の秋の事でした。さらに半年の時を掛けて浩悦庵さんにより表具され、2009年の春に2幅の《動植綵絵》玻璃彩版写本としてようやくお寺にお納めする事ができました。

「南天雄鶏図」「棕櫚雄鶏図」の最終仕上げ作業。後ろには次の作業まで板張中の「芙蓉双鶏図」「老松鸚鵡図」
川面美術研究所の絵師の皆さんは、それぞれプロの日本画家の作家さんでもあります。限られた時間の中で、その卓越した技術を発揮していただき、コロタイプだけでは表現しきれない筆致や深みなどを精魂込めて描きこんでいただきました。

表具仕上げ直前の《釈迦三尊像》。原本と同じ表具裂を復刻して使用
原本《釈迦三尊像》の表具裂地は寄進当時のもので現在も伝わっています。特徴的なのは、釈迦の外廻しおよび脇侍の上下に使われている裂の文様です。光悦庵主人の矢口さんは「二種の花を文柄に用い、枇杷の枝葉でその二種の花をつなぐ独特の文様が見られる。この枇杷の枝は若冲の「菜蟲譜」で描かれた枇杷の枝で、花の一つはやはり若冲の「玄圃瑤華」中の梨の花、二つ目の花は若冲の作品から動植綵絵「桃花小禽図」の花と見ることができ、これらは若冲自身が生み出した文様であると思われる」と指摘されています(「伊藤若冲と表具」矢口恵三 『園明』平成23年正月号 発行/大本山相国寺 相国寺本部)。また、表装の中心となる重要な部分である一文字・中廻しには足利義政好みの文様や相国寺の紋である桐を用いているのに対し、その周囲にこの三つの果物の花をモチーフにしたオリジナル文様の裂(以下勝手に「若冲裂」と呼びます)を製作したことは、若冲の実家が錦の青物問屋であったことからみても大変興味深い、と矢口さんはおしゃっています。

復刻「若冲裂」:桃梨華枇杷文様正絹緞子
この「若冲裂」も含め、《釈迦三尊像》の玻璃彩版写本の表具裂は、原本の裂と同じものを浩悦庵さんに完全復刻していただいて表具しています。
では《動植綵絵》の表具はどうか。残念ながら《動植綵絵》の原本は大正時代に修理で裂が取り換えられていて寄進当時の姿はわかりません。しかし「中浅黄緞子、天地茶色絹、軸紫檀」という記録が残っていました。ここに記された「浅黄緞子」とはこの「若冲裂」ではないか、という浩悦庵さんの推測の元、《動植綵絵》玻璃彩版写本の表装は、この記録から寄進当時の姿を再現したものとなっています。
こうして多くの方々の技術の結晶として《釈迦三尊・動植綵絵》玻璃彩版写本は出来上がっています。この写本がふたたび若冲の永代供養の思いとともに末永く相国寺さまに伝えられることを願いつつ、近い将来「観音懺法」の儀式で一堂に荘厳されお披露目されることを心待ちにしています。
原本:宮内庁三の丸尚蔵館所蔵

「芦鵞図」「梅花群鶴図」 2009年3月21日 第1回納品
便利堂コロタイプ工房では、相国寺様のご用命により相国寺所蔵 伊藤若冲《釈迦三尊像》3幅および宮内庁三の丸尚蔵館所蔵の《動植綵絵》30幅の複製制作を平成18年(2006年)より取り組んでおります。そして6年の歳月がかかりましたが、ようやくこのたびすべて完成しました。お寺様のご了解をいただきましたので、簡単にその経過を記しておこうと思います。
ご存知の通り、この《動植綵絵》は相国寺に蔵されている《釈迦三尊像》とともに若冲が親族の菩提を弔うためお寺に寄進しましたが、明治の廃仏毀釈のなかで散逸をおそれ宮中に献納されたものです。本来一揃いであるべき33幅を、複製という形ではありますが、再びお寺に里帰りし、末永くお祀りしようというのが今回の事業です。若冲作品のなかでも白眉といわれるこの《動植綵絵》を複製することは並大抵のことではありませんでした。


「菊花流水図」「紅葉小禽図」 2012年4月1日 最終納品
制作初期の試行錯誤
まずは《釈迦三尊像》の作業から開始しました。撮影と色チェックの為に原本が便利堂の写真スタジオに運ばれた時には「若冲が来る」と会社中が大騒ぎになり、初めて間近で見た本物の迫力に工房の者全員が圧倒され、撮影や色のチェックに思いのほか時間を要してしまいました。また製版以降においても、通常の工程とは比較にならないほどの時間と根気を必要とする作業の連続となりました。

《動植綵絵》製版作業
コロタイプの色表現は、色を刷り重ねる木版画の多色刷に似た技法を採用しています。その為に原寸大のネガフィルムから直接手作業で鉛筆や修正ニスを使って色を取り出す製版作業は、すべての色を取り出し終わるのに数ヶ月を必要とします。また大きなガラス板にコロタイプの命であるゼラチンを塗布する作業は、肉体的にも限界に近い作業になります。

ゼラチン版の作成
刷り作業は、愛称「DAX(ダックス)」と呼んでいる大型機で行います。60×120㎝まで一枚でプリント可能です。しかしもちろん原本はこのサイズよりも大きいので、1幅あたり《動植綵絵》で3紙つなぎ、《釈迦三尊》にいたっては4紙つなぎとなります。原本に合わせるために10色以上を刷り重ねてテストプリントを作成します。再び原本をお借りし、便利堂スタジオでプリントと比較しながら、版や刷色の調整を行い、本番のプリントを刷ります。この本番プリントに、さらに絵師による彩色を加えて可能な限り実物に近い表現を目指します。そして有馬管長猊下をはじめ相国寺の皆様に《釈迦三尊像》原本とコロタイプ複製を隣に並べて比較していただき、改善点のご指摘を頂戴する事を2回重ねた後に表具仕立てを行い、2007年にまずは《釈迦三尊》3幅をお納めしました。


DAXによる刷り作業
いよいよ《動植綵絵》の複製作業に入り、テスト刷を重ね、そして本番の刷り作業を行いました。この間、宮内庁三の丸尚蔵館様の全面的なご協力のもと、収蔵庫の中で何度か原本とプリントを比較しながら色校正と絵師による彩色を行い、作業は極めて順調に進行しました。ところが何点かの《動植綵絵》のコロタイプ刷と彩色を終え、表具仕立て準備をしておりましたところ、すでに納品した《釈迦三尊像》に問題があるようだと相国寺様より連絡が入りました。確認を行なったところ、絹本に小さな浮きが発生している所が数箇所ありました。若冲作品の極彩色を表現するために画面全体にわたって彩色を行っていますが、この絵の具の水分がコロタイプ用に開発した絹本に作用し、絹と裏打ち紙との間の糊を離れさせてしまった結果、微小な浮きを生じたのだと分析しました。
すぐさま再制作に取り掛かり、今度はコロタイプの色数をさらに増やしたり彩色の水分量に気をつけたりしながら、プリントは一応の完成をみました。しかしこれで果たして万全なものといえるのであろうか。複製といえども永きにわたって原本同様にお寺でお祀りされるものです。同じ絹本を使用している限り、いずれまた同じことが起こらないとはいえないのではないか。「絹本そのものを一から作り直さなければならない。」既に完成していた再制作分の《釈迦三尊像》は勿論、作業の進んでいた《動植綵絵》数本分もすべてやり直しを決めました。
高品質の材料と、高度な表具や彩色の技術との結晶としての複製
「複製」というと、メインである本紙が原本に似てうまくプリントできているかどうか、といった印刷技法に焦点が当たりがちです。もちろん、本紙のクォリティの高さは必須ではありますが、「原本に代わる複製」を制作するということは、ただ単に印刷技術だけではなく、材料や仕上げなどの総合的な完成度を目指すことだと我々は考えており、それを現代における「写本」のつもりで制作しています。
デジタル技術が日進月歩している現代においては、コロタイプだけが複製の技法ではありません。もっと効率的に出来る方法もあります。もちろんその独特な表現力や耐久性を評価してご用命いただいたのだと思います。しかしそれだけでなく、こうした技術そのものも文化として遺していかなければならない、そして彩色や表具といった総合的な完成度という点も含め、深いご理解のもとにお仕事を頂戴したのだと考えております。
今回の「写本」制作にご協力いただいたのは、京表具の矢口浩悦庵さんと、二条城襖絵の模写事業などでご活躍の川面美術研究所さんです。
浩悦庵さんのご協力を得て、今回の写本に適した絵絹を一から織る作業を始めることにしました。裏打ちに使用する和紙も特別の寒漉きの楮紙を発注しました。出来上がった数種類の試作絹本にコロタイプ刷テストや実際に絵の具をのせる彩色実験を繰り返し、若冲作品の写本にもっともふさわしい絹本作りを目指しました。絹本が完成し《動植綵絵》のコロタイプ作業を再開出来たのは、中断からほぼ一年後の2008年の春でした。
《釈迦三尊像》の複製は《動植綵絵》複製が軌道に乗ってから刷り直す事にして、とにかく《動植綵絵》の複製第1号の完成を急ぐこととし、「梅花群鶴図」と「芦鵞図」の2点のコロタイプ刷が出来上がり相国寺様から表具の許可を頂戴出来たのは2008年の秋の事でした。さらに半年の時を掛けて浩悦庵さんにより表具され、2009年の春に2幅の《動植綵絵》玻璃彩版写本としてようやくお寺にお納めする事ができました。

「南天雄鶏図」「棕櫚雄鶏図」の最終仕上げ作業。後ろには次の作業まで板張中の「芙蓉双鶏図」「老松鸚鵡図」
川面美術研究所の絵師の皆さんは、それぞれプロの日本画家の作家さんでもあります。限られた時間の中で、その卓越した技術を発揮していただき、コロタイプだけでは表現しきれない筆致や深みなどを精魂込めて描きこんでいただきました。

表具仕上げ直前の《釈迦三尊像》。原本と同じ表具裂を復刻して使用
原本《釈迦三尊像》の表具裂地は寄進当時のもので現在も伝わっています。特徴的なのは、釈迦の外廻しおよび脇侍の上下に使われている裂の文様です。光悦庵主人の矢口さんは「二種の花を文柄に用い、枇杷の枝葉でその二種の花をつなぐ独特の文様が見られる。この枇杷の枝は若冲の「菜蟲譜」で描かれた枇杷の枝で、花の一つはやはり若冲の「玄圃瑤華」中の梨の花、二つ目の花は若冲の作品から動植綵絵「桃花小禽図」の花と見ることができ、これらは若冲自身が生み出した文様であると思われる」と指摘されています(「伊藤若冲と表具」矢口恵三 『園明』平成23年正月号 発行/大本山相国寺 相国寺本部)。また、表装の中心となる重要な部分である一文字・中廻しには足利義政好みの文様や相国寺の紋である桐を用いているのに対し、その周囲にこの三つの果物の花をモチーフにしたオリジナル文様の裂(以下勝手に「若冲裂」と呼びます)を製作したことは、若冲の実家が錦の青物問屋であったことからみても大変興味深い、と矢口さんはおしゃっています。

復刻「若冲裂」:桃梨華枇杷文様正絹緞子
この「若冲裂」も含め、《釈迦三尊像》の玻璃彩版写本の表具裂は、原本の裂と同じものを浩悦庵さんに完全復刻していただいて表具しています。
では《動植綵絵》の表具はどうか。残念ながら《動植綵絵》の原本は大正時代に修理で裂が取り換えられていて寄進当時の姿はわかりません。しかし「中浅黄緞子、天地茶色絹、軸紫檀」という記録が残っていました。ここに記された「浅黄緞子」とはこの「若冲裂」ではないか、という浩悦庵さんの推測の元、《動植綵絵》玻璃彩版写本の表装は、この記録から寄進当時の姿を再現したものとなっています。
こうして多くの方々の技術の結晶として《釈迦三尊・動植綵絵》玻璃彩版写本は出来上がっています。この写本がふたたび若冲の永代供養の思いとともに末永く相国寺さまに伝えられることを願いつつ、近い将来「観音懺法」の儀式で一堂に荘厳されお披露目されることを心待ちにしています。
【追記】
相国寺方丈の保存修理工事が竣工し、平成25年(2013)10月9日に落慶法要が執り行われました。方丈室中には、コロタイプ版《釈迦三尊像》《動植綵絵》33幅が掛けられ、江戸時代の観音懺法の荘厳を再現され、ご来賓の方々にはじめて複製がお披露目されました。複製は、来年6月に行われる観音懺法に再びお披露目される予定とのことです。



(2013/10/24追記)
相国寺方丈の保存修理工事が竣工し、平成25年(2013)10月9日に落慶法要が執り行われました。方丈室中には、コロタイプ版《釈迦三尊像》《動植綵絵》33幅が掛けられ、江戸時代の観音懺法の荘厳を再現され、ご来賓の方々にはじめて複製がお披露目されました。複製は、来年6月に行われる観音懺法に再びお披露目される予定とのことです。



(2013/10/24追記)
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